妄想の中身はどこから来たのだっ

 ワシはよく妄想するのだが、妄想と空想のどこか違うのか気になったので調べてみると妄想の方が自由度が高く ”とんでもない空想” と記されていた。が、ワシに言わせれば創造のモチーフとなる空想も想像も全てが妄想が起点ではなかろうかと思う。いわば、妄想に囲いはないのであるからまったく自由発想で都合のいい空想が広がるのだっ。

 しかし、自分の中で膨らんだ妄想がどんどん巨大になっていつしか宇宙レベルにまで育ち、やがて宇宙のパラレルワールドが世界観として妄想の中心に来てしまうと収拾がつく無くなる。

 がだっ、そこに至るまでの妄想のモチーフは一体ワシはどこで知り得たのかと不思議に思うことも多々ある。まったく知らない情報が妄想の中に組み込まれててしかも中心核をなしていたことに大きな衝撃を受けたことは一度や二度ではない・・・。

 意識の外から飛来する情報があるのか、それとも無意識の中に突然何かが生まれるのか、考えるとまたとんでもない妄想の旅に出てしまうのであった・・・。

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Commented by トビ at 2015-02-03 18:56 x
「ちょい哲」にふさわしい構図ですねー。ユルい煙りを噴く煙突って、世紀をまたいでも牧歌的印象を色濃く残しています。

> まったく知らない情報が妄想の中に組み込まれててしかも中心核をなしていたことに大きな衝撃を受けた

唯我論・・・でしたっけ? 知らない物事が論の反証として強い力を持っていたような気がしますが、知らないはずなのに生み出されてしまっては・・・突き詰めると、この世はライドさんのみ。ライドさんの生んだ世。うーん、それも悪くないかもしれない。などと考える我は誰? いかん、旅の道連れにされるところでした、ナハハハッ。
Commented by ride-t at 2015-02-04 08:40
おはようございます、tobiさん。
おっ、「ちょい哲」見つけましたか。
この風景もなかなか妄想っぽいなぁと(^―^)

なんか色々と思うんですが、夢の中にもまったく見たこともない人が現れたり、知らない景色だったり・・・そーゆーことを不思議だなぁと思うとまた妄想の旅に出てましうんですよねぇ(笑)
唯我論・・・うんうん(^―^)
by ride-t | 2015-02-03 12:48 | ちょい哲 | Trackback | Comments(2)

バイクとか写真とか介護などをして暮らすオッサンのブログ


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